最近テレビで露出の多いあの病気

三ヶ月以上前から予定されていたグァム旅行ですが
言い出して手続き全部を行った父が行かれませんでした。
以前から左手の痺れを認識していて、
旅行前日になって深刻そうに「病院へ行ってくる」と。
その結果が脳梗塞。

父方祖父が具合悪くしながらも95まで
ほぼ自力で生活してきたことや、
父より4つ上の伯父が大病せず割と元気に
やっているのもあって、ウチの父も似たように
長生きだけはしそうに思っていたので
脳の病気はショックでした。幸いだったのは
現在は「跡」であって進行形の梗塞が無かったこと、
不幸だったのは脳幹に近かったこと。
あまり水分を摂らない生活スタイルも原因の一つだと思います。
父が掛かった医師は母方祖母が生前脳内出血になった時に
お世話になった先生です。その先生の言いつけを守って
無理しない生活スタイルに切り替えてもらいたいです。
私が出来るような事は私がやればいいし、
もしもの事も考えて土地とか相続とか色々教えてもらう必要もあります。

旅行を前日にキャンセルしてもお金を捨てるだけだし、
父は異国の地へ行くことがリスクだと医師に判断されただけで
別に絶対安静でも何でもありません。お金を取って
私と母の二人だけでグァムに行くことになりました。
うなだれた気分で真夜中にタクシーに乗って出発したのでした。
こんなに気落ちした状態で海外旅行することになるとは。
Date: 2015.04.20 Category: 介護  Comments (0) Trackbacks (0)

一安心

父方祖父が老健(介護老人保健施設)へ入所出来ることになりました。
特養も含めて5箇所ほど回った上での決定です。
老健の場所は我が家からは近いのですが伯父の家からは
けっこう離れています。といっても伯父と従妹が毎日通うわけではないし
伯父と同じくらい面倒を見ている叔母の家からもそんなに遠くない位置だから
そんなに苦労は無いと思います。そもそも、祖父が退院してから
伯父の家で在宅介護なんて無理ゲーです。
それを回避出来るのならはっきり言ってどこでも良かったので
思ってた以上に早く決まって助かりました。
欲をかけば老健を追い出される前に特養(特別養護老人ホーム)入りが
決まって欲しいです。まあそんなにトントン拍子に決まるとも思えないし、
祖父がいつまで生きられるかという問題もあります。
実際に老健に移った時に初めて一つの区切りがついたと言えるので
後は父経由で私と母が出来る範囲で動くだけです。
Date: 2015.03.07 Category: 介護  Comments (0) Trackbacks (0)

過去の事より今の事

昨日は母方の祖父の命日でした。
祖母にさんざん迷惑かけて死んでいったことは
今でも許していませんが毎年同じような事書いてても
虚しいだけ・・・

それよりも今は父方祖父の退院後をどうするかです。
父は母の家の跡取りだしウチが直接面倒を見ている訳では
ありません。直接見ている伯父の家は一昨年から伯父一人従妹一人、
叔母は別の家に嫁いでて旦那さんは体が資本の自営で忙しく、
娘二人はとっくに独立しているから叔母以外が出来ることは
殆どありません。そうなるとウチがそれなりに動く必要があるので
父だけじゃなくて母も私も少しは行動しないと義理も立たないので
施設から入所申込書をもらったり、母方祖母の居た施設と連絡を取ったりしています。

母方祖母がお世話になった施設も2つ当たってみて
入所申込書を手に入れて最低必要事項は伯父や叔母が記入済みのはず。
祖父の状態などは施設の担当者と伯父が直接面談をして
金銭的な話もしっかり詰めていかないと祖父を入所順番待ちの列に
並ばせることすら出来ません。出来れば市の北部の施設で
どこでもいいから入れてもらえれば伯父の家から遠くなくて好都合です。
私や母が当たった施設は伯父の家からは行きづらく、実のところ最後の手段です。

Date: 2015.02.21 Category: 介護  Comments (0) Trackbacks (0)

お世話になりました

先日、祖母が居た施設から連絡があり、通帳から
最後の引き落としが終わってお渡し出来ますということで
昨日母と二人で行って来ました。
祖母が亡くなってから二ヶ月余り、施設との繋がりが完全に切れました。
正直、終わった感よりも寂しい気持ちの方が強いです。
それくらい私達家族にとっても良い施設でした。
ここだって従業員側からしたら良くない部分をネットで見かけます。
業界全体がブラックと言えばそれまでですが、ここの離職率は
近場の他の法人と比べても若干高いような印象を受けました。
そんな労働環境でも祖母は虐待もされず、
従業員の皆さんは不思議なくらい良くしてくれました。
やはり祖母が生前苦労した分がここで報われたのかも
しれません。
Date: 2013.03.20 Category: 介護  Comments (0) Trackbacks (0)

理想で国家が成り立つものか

麻生副総理の発言が取り沙汰され、発言内容を撤回した一幕が
昨日ありました。私も色々考えさせられました。というのは嘘です。
麻生自身についてのコメントであろうが一般論だろうが、
「そりゃそうだろう」と思っただけです。
折角だからマスゴミがねじ曲げた「一般論」の方で話を進めます。


母の母が骨折で入院して二ヶ月近くも入院、
そこから転院して二ヶ月以上、そこから老健に入れてもらって
10ヶ月後には特養まで入れてもらえたのですが
食事は補助なし、排泄は夜に失禁しつつも
起きている間は介助してもらいながら何とか出来ていたので
尊厳死とかそういったものに関してはあまり考慮に入れてませんでした。
しかし6年近く前、脳内出血をやってしまって半身がどんどん麻痺していって
口もほとんど動かせなくなり、経鼻経管で栄養を取るようになり、
誤嚥、逆流、そして肺炎で救急車で運ばれて両親と私が
搬送先の病院まで飛んでいくようになってからは
祖母のあり方について家族で話し合うようになりました。
外国では殆ど採用されていない胃瘻の手術は、
病院のケースワーカーの方に説明されて私が母を説得する形で
了承しました。ただこれに関しては祖母の尊厳云々というよりは
「施設の人は祖母を見殺しには出来ないから救急車を呼ぶ」
「病院は適切な治療をして、施設に帰す」
という不毛なスパンをなるべく長くさせる為でした。

祖母みたいなケースが施設内の他の入所者に何人も居たら
施設内の介護職員も看護職員も病院の救急隊も身が持ちません。
結果的には胃瘻も一時しのぎに過ぎませんでしたが。
昨夏、両親が施設に赴いて所長以下数名と話し合い、
書面を用いて祖母の看取りについて細かく決め事をしたので
先々週はスムーズに事を進める事が出来ました。
もしこれをやらなかったら「チューブ人間」で祖母は最期まで苦しんだろうし、
私は総合病院に患者で行くのと同時に患者の家族で
手続きその他を行うところでした。


話は過去に飛びますが、数年前に祖母の施設で催し物があった時、
何の点数稼ぎか知らないけれど、来賓に小坂憲次議員が来た事がありました。
催し物の後で入所者の家族と小坂議員との意見交換の席が設けられ、
ウチとは別の家族の人が後期高齢者医療制度に批判的な質問をし、
小坂が「それでもどこかで線引をしなくてはならない」と返答した記憶があります。
意見をした家族の人はその冷たい返答にガッカリしたのだと思いますが、
私はその時、綺麗事は言わないのだな、と変に感心しました。

あれから数年が経過して現在。高齢者に掛かる医療費はさらに膨れ上がり、
それを数少ない若者が支える逆ピラミッド構造は悪化。
このままでは破綻してしまいます。麻生は「生きたい人に対する『さっさと死ね』」
ではなくて、「自分が政府の金で無理やり生かされる状態だけは止めて欲しい」
と遺書に書いただけの話なのですが、予め取り決め出来るのを
もっと身近な制度にしてもらいたいです。高齢者の介護の為に
生産年齢の層まで崩壊していくのは忍びない。
発言を切り取って騒ぐくらいなら、もっと真面目に議論していくべき問題です。


Date: 2013.01.22 Category: 介護  Comments (0) Trackbacks (0)

永遠の別れ

一昨日の朝、祖母の施設の看護師から電話があり、
祖母が心配停止したとの報告を受けました。
母を叩き起こし、既に職場に出勤してしまった父に連絡。
私は胃カメラの予約があり、それは体調的にどうしても
やりたかったので、どうしようかと思っていると
私の出発予定時刻より前に父が帰宅してくれたので
両親に任せることにしました。

何とか胃カメラ検査を終えて自宅に戻ると両親がいません。
自室に荷物を置いて一息ついたところで父からの電話。
祖母の施設に既に行き、色々買い物をして帰る途中だったとのこと。
母方の親戚二人が通夜や葬儀について打ち合わせしたいからと
40km近く離れた我が家に足を運んでくれるらしいので
お湯を沸かして部屋の掃除機がけ。
両親帰宅、受け入れ準備を整えている間に親戚が到着、
誰を呼ぶか呼ばないかなどを両親と親戚が一時間半くらい話し合って
親戚は帰り、私と両親は喪服ではないけどフォーマルな格好で
祖母の施設へ赴きました。父が葬儀屋に連絡をつけてくれていて
遺体を引き取る車を乗り入れたところでした。
両親とは別の車で施設に一足先に着いた私は、
祖母の亡骸を安置している部屋に案内され、既に息を引き取った祖母の
御顔を拝見。涙が出ました。両親が遅れて到着した時と
遺体を引き取りにストレッチャーが安置室に入ったのが同時になり、
館内はバタバタしていました。それでも、施設の従業員がほぼ全員、
整列してお見送りをして下さった時に母が号泣しました。
昨今、老人施設での怠慢や虐待のニュースを何度も目にしている中で
祖母がこんなにも手厚くお世話してもらった事に一番感謝しています。
平均寿命近くまで長生き出来たのは間違いなく施設のお陰でした。
そんな施設を後にし、父の運転する車、葬儀屋の車、私の運転する車が
3台並んで一旦は我が家の前に到着しました。祖母の家は山奥であり
市街地の我が家で暮らした事はありませんが、形の上での自宅帰りとなりました。
ここから葬儀場までは葬儀屋の車が先導、我が家の車が二台ついていき葬儀場に到着。

我が家の葬儀を担当する責任者の方はとても丁寧かつ正確で、
私でもよく分かる説明でした。母が時々要領を得ずに的外れなコメントをしても
説明が足りない事を謝罪したり、一般的な儀礼の方式を提示しても
金額的に余計なオプションを勧めたりはしませんでした。
こっちが言っても「それだと○○円を頂く形になっちゃうんですよ…」
終始このスタイル。単に説明するだけじゃなくてお花も供物の準備から
行動に至るまで、全てを出来るものだから感心しまくりでした。
次の日が友引で告別式が出来なかったので、一日目が仮通夜、二日目が通夜、
三日目が納棺~出棺~火葬~告別式のコースになり、
仮通夜は住職は近場で別件に取り掛かり中だったので、
副住職だけに来て頂きました。話に聞いていたのですが、
あまりのお若さにびっくり。若い副住職といっても、
総本山で厳しい修行を終えたので正真正銘本物の住職です。
お経を終えた後に私は席を外して肛門科へ。
予め電話で処方箋だけ出してもらうようにしたので
医院2分薬局2分。帰りの交通量だけが面倒でした。
葬儀場に戻ると両親と副住職のお話は続いていて、
近場で別件を抱えていた住職もこちらに駆けつけて下さり、
最後はお二人で帰って行かれました。

父が葬儀担当者とさらに打ち合わせを詰め、とりあえず終了。
夜遅くには姉が東京から飛んできて4人揃い、一日目が終わりました。
Date: 2013.01.10 Category: 介護  Comments (2) Trackbacks (0)

施設へ「一時帰宅」

昨日5月9日に祖母が一旦退院しました。
ブログにこの件について書くのは記録の意味が強いので
今回は短く。肺の炎症は治まったので退院という形になったけど
胃瘻で逆流する可能性があるから
またすぐに救急車で再入院も十分有り得ると
担当医直々に言うのだからそうなんでしょう。
とりあえずそのつもりでいます。
時間稼ぎみたいなものでさすがに今の祖母は可哀想。
かといって見殺しには出来ず、悩ましい状態が続きます。
Date: 2012.05.10 Category: 介護  Comments (0) Trackbacks (1)

GW終了まで持たなかった

昨晩、といか日付が変わる少し前に
祖母が何度目かの誤嚥性とおもわれる肺炎で入院しました。
GW終了まで何も無ければと思っていましたが、
GW初日に事が起きてしまったのだから仕方がありません。
いつも施設側からは救急車を呼ぶタイミングで電話を貰うのですが、
電話を受けてからこちらも準備してゆっくり行っても、
家から病院が近いので搬送されてから
15分しか経っていませんでした。
風邪でここ最近はまったくお酒を飲んでいなかった事だけは
車を出すのに都合が良かったです。

昨年の手術で栄養摂取の手段が経鼻から胃瘻に変わっても、
やはり誤嚥の頻度が下がるだけでした。
しかし、その頻度が下がる事が施設にとっても家族にとっても
重要な事だったので仕方ありません。
今回のレントゲン写真や高熱、顔色などを
素人目に判断させてもらえば、今回はまた治まって
退院は出来るでしょうが、次は危ないかもしれません。


昨夜は帰宅が深夜2時過ぎになってしまい、
母は朝起きられませんでした。
だから父と二人で施設と病院をハシゴして
入院の手続きを済ませてきました。
父には悪いけど横浜に遊びに行く予定は決行します。
病院側の書類に第二キーパーソンとして
私の携帯番号が記載されているので
母が着信に気付かないでこちらに掛かってきてもこちらで着信出来るように
片耳のイヤホンマイクを買っておいて
旅先で常に装着するつもりです。
交通機関で移動中は両耳イヤホンで音楽聴いていると思いますが。
Date: 2012.04.28 Category: 介護  Comments (0) Trackbacks (0)

どうすればいいのか

特養職員、入所者を虐待…隠し撮りビデオで判明

今まで、有料老人ホームにおける虐待は多々報道されていて
老健(介護老人保健施設)も先日ニュースで見た記憶があります。
そして特養(特別養護老人ホーム)における暴力も顕在化している今、
両祖母が入所している我が家にとっても他人事ではありません。
施設によって差はありますが、基本的には寝たきりや認知症の老人が
多く入所しているのが特養なので、そういった動けない、喋れない人の
家族は頻繁には訪問しません。我が家も祖母が喋れる頃はまだ
回数多く訪れて話をしていましたが、今は余計なウイルスを持って行きたくないのも
あって控えています。先日のように入院したら必要に迫られて
毎日のように通って様子を確認したり衣類を入れ替えたり
特養と連絡取り合ったりやりますが、やはり施設に戻ってからは
どんな状況かは分かりません。父方の祖母の施設も普通だと思いますが、
母方の施設の人は介護や看護で古くから居る人が人格者なので
はっきり言って祖母は運が良いです。いつもそう思います。


介護という業界、介護士という職種は待遇が良いとは言えません。
だからと言ってストレスの発散先が弱いお年寄りであって
良い筈がありません。ここはどうしても或る種の密室状態になってしまうので、
別の従業員による勇気ある内部告発や入所者の家族・後見人が
現場をビデオに収めて告発するような事後対策しか取れないのが実情です。
虐待防止に向けてどうしたら良いのか、すぐに答えは出て来ません。
非常に難しい問題です。

件の特養に限定して言わせてもらえば、海南市の副市長が理事長を務めている特養で
このような虐待が日常で行われていたのは言語道断。
海南市議会はすぐに辞職勧告決議案を提出し、速攻で可決すべき。
それでも辞めないのなら不信任決議。とにかく交通違反みたいに
発覚した所からどうにかしていかないと、行動がエスカレートして
もっととんでもない事になってしまいます。
Date: 2012.03.04 Category: 介護  Comments (0) Trackbacks (0)

次から次へと問題が

本日、祖母が退院して無事に施設に戻りました。
あくまで現時点での話です。

昨年は誤嚥性肺炎で入院、10日ちょっとで退院して
4日後に再入院しました。それから2ヶ月間、
胃瘻造設手術をしたり個人部屋に隔離をされ、退院。
隔離の理由を正確に把握してなかった家族が
祖母の衣類などからヒゼンダニをもらってしまい、
潜伏期間を経て疥癬で苦しむ運びになりました。


それから半年と少し経過して、また肺炎の症状で
救急車で運ばれて入院。またまた個人部屋に隔離され、
何かと思えばMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)
免疫力が下がっていれば何を発症しても不思議ではありません。

胃瘻にしても胃から逆流する可能性はあるし、
MRSAは簡単に消えるものでもありません。
救急搬送時に当直医から話を聞いた以外は
全く説明を受けないままの退院というのは少し気がかり。
でも入院時も退院時も祖母を見れば目は生きていて
こちらの声にもよく反応します。もしこのまま順調なら、
来月には心臓のペースメーカーを入れた病院で
ペースメーカーの検査を受けなくてはいけません。
これは当初からの予定です。交換となれば当然手術の方向で進みます。
そうなった時、祖母の体が持つかどうか。
Date: 2012.02.22 Category: 介護  Comments (2) Trackbacks (0)
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    メディアをたまに糾弾します。
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